ここ2ヶ月ほど読書熱が高まり、
自然と読みたいなと手を伸ばしたものを片っ端から読んでいます。
太宰 治 『人間失格』・『走れメロス』
芥川 龍之介 『杜子春』・『羅生門』
特に、太宰 治は、中学生の頃から気になる存在で、
国語の教科書の写真をみて、“女にモテそうな顔だなー”
と漠然と思っていたんですよね。(笑)
私は、彼の文章の表現力がとっても好みで、読む度
“スゲー、巧い”と思ってしまいます。
“そんな言い回しがあったのかーっ”ってね。
勉強になります。なんじゃそりゃ。
彼の少し影のある色が好きで、
デカダンス(退発的)なムードと独特のユーモア
を持っていて素敵です。
“走れメロス”は元々話しの内容は知っていたんだけど、
やはり読むと、引き込まれてしまいます。
・・・どちらも、“トラスト”(信頼)
“人を信じる・信じない”というようなテーマがおのずと見えてくる。
『人間失格』の主人公、葉蔵は極度に人を信じることができない。
でも、本当はとてつもなく人を信じたいと願っている。
結局、主人公はどんどん落ちぶれていくんですけど、
彼は自分の気持ちに正直に生きているだけなんですね。
それを世間では、『人間失格』というのなら、
一体、人間は何をもって合格とするのか、そもそも謎に思えてきます。
『走れメロス』では、人を信じることが出来ない王様に対して、
主人公メロスが命をかけて、人を信じる・信頼することの大切さ
を証明しようとした作品。
メロスは、竹馬の友セリヌンティウスを自分の身代わりに
人質として預け、妹の結婚式を挙げた後、3日後の夕日の沈む頃
までに王様の所へ戻って処刑されるという約束をする。
“死ぬために戻る”のですから、王様は友達を見捨てると思っている。
クライマックスの巻き返し劇に、とても感動する私。
あきらめかけて、でももう一度自分を奮い立たせる所
などは、自分も勇気が出ます。
芥川 龍之介は、文の中に“中国”を感じさせる個所が何回かありました。
何か中国に縁がある人なのでしょう。
少しお伽噺めいたストーリーなのですが、
人間の業の深さを知っているのか、
とっても悲哀に満ちていました。
でも、なんというか太宰作品とちがって、
人間に嫌気がさしてない感じがあって、
“それでも、人間はそういうものさ”というようなあっけらかんとした
感がありました。
余談ですが、芥川の場面カット・省略の仕方がうまいと思いました。
こちら側の進んで欲しいペース配分をよくわきまえているのか、
ダレません・・・。
日本文学に傾倒してるわけではなかったのですが、
最近はそっちばかりに興味が湧きます。
三島由紀夫は太宰作品が嫌いだったようです(笑)
次は、三島文学・夏目漱石を読んでみたいと思います。
太宰 治 好きだぜ。同じ時代に生きていたら、追っかけたかも。
頭の中BGM:ニルバーナ・パールジャム・ニール・ヤング