Sei's Diary

だいぶ前のことになっちゃいましたが、先月、キタラで行われたヘレンメリル&ジョージムラーツカルテットのライブを見てきました。
休憩を挟んで2セットのステージだったのですが、なんとなんと、前半ではヘレンは登場しなかったのです。
次か次かと待っていたのに。やはり、ご高齢なので、あまり長いステージは辛いのでしょうね。
でも。
2セット目は、最初から登場。
あまりたくさんの曲数は歌わなかったけど、感動的でした。何が感動って、自分の中にある全てを一生懸命歌にのせて出しているという姿。
ご高齢ではあっても、ステージでの姿は輝いていました。音楽にまっすぐに向かう姿が、そう見せるのだろうなと思いました。
自分があのくらいの年齢になったときに、こういうふうに輝いていたいって思わせてくれたのでした。
ありがとう!Helen!!

最近、街の信号機がどんどんLED(発光ダイオード)を使ったものに切り替わっています。
青色のLEDが発明、製品化されてからというもの、巷の明かりに関するものがどんどんLED化していっていますよね。

信号機なんかは、たぶん耐久性とか、電力消費のこととか考えるとLEDを使うべきなんだと思うのですが、車を運転しているとどうもあのデジタルな感じの光の切り替わりに、嫌な印象を受けます。
デジタルな感じの光の切り替わりって何?ってことなんですが、それは、明かりがついている状態から消えるときに、何の余韻もなくデジタルにON→OFFになるんです。OFF→ONも一緒。
電球を使っていると、ほんのわずかだけど、ONとOFFの中間の状態を感じるんですよね。
でも、LEDはそれがない。
そのことが、すごく嫌な印象を与えます。

これに限らず、LEDの光は3原色がそろったからといって、全ての色が出る訳ではないのです。たしかにその3つを組み合わせると、様々な色を感じますが、太陽光には3原色だけじゃなくその間の無数の波長があるわけで、それはやっぱりLEDでは出せないのです。
別に電球だって、限られた色しかでないのですが、そこにはアナログな曖昧さがあり、幅があり、頼りなさがあり、それがなんともいえない暖かさだったんではないでしょうか。

人間が夜に灯す明かりが、炎から電球になり、蛍光灯になり、LEDになって、だんだんと便利になってきましたが、同時に生き物としての人間からの距離がどんどん遠くなっているような気がします。

便利なモノを否定するわけじゃありませんが、それだけを追い求めてはダメだと思います。

合理化≠進化。

時には合理化=退化なのです。

無駄で、扱いにくくて、頼りなくて、曖昧で、非合理的で、効率が悪くて・・・
一見、そんなふうに見えるものの中に、大切なものがあることを忘れてはいけない。

LEDの信号機を見て、ふと思うのでした。

今日は、ベースのちょっとマニアな話。プレイヤーじゃない人には、ごめんなさい。;)

今、使っている弦、VELVETのANIMAという弦です。
張り替えて、そろそろ2週間。だんだんと楽器になじんできました。

コントラバスっていう楽器は弦を張り替えてから、楽器になじんでくるまでに、早くて1週間、だいだい2週間から3週間くらいかかります。
ギターなんかだと、こんなに経ったら、もう弦が死んでくるころですよね。そういえば、ライブ1回やったら、もう弦を張り替えるっていうギタリストさんもいました。
エレキベースでも1ヶ月もしたら古い音になってくる。
そう考えると、気の長い楽器だなと思います。

さて、そのVELVETの弦ですが、ガット(羊の腸)に銅線を巻いてあるもので、さらに楽器に固定する部分は不思議なことに、丈夫そうな化学繊維に接続されています。これはどういう効果があるのか謎です。たぶん、固定されるところでの、ガットが劣化するのを防ぐためなのかな。
1弦(G線)だけは、前から使っているGumtという裸ガットのまま。
音は、暖かくて、柔らかい音です。倍音も少し控えめで、音程もなかなかはっきりと出てきます。ピラストロのオブリガート(前に張ってた、ガット風の化学繊維弦)よりも、ずっとガットらしく(本物ガットだからあたり前?)、でも、弾き心地はそれほどスチール弦から遠くもなく。
太さは、普通のスチール弦とあまり変わりません。その代わりテンションがかなり低め。指にはとても優しい弦です。
前から思うのですが、テンションの低いゆるい弦って、難しいけど、ちゃんと鳴らせたら、すごく楽器がよく響くのではないかなと。

値段はちょっと高めですが、非常に良い弦です。どれくらい、寿命があるのかが問題かな。
そうそう、寿命といえば、ガット弦はスチールと違って古くなっても音が悪くならないような気がします。つまり寿命は弦が切れるまで?長持ちしたらいいなぁ。

えー、明日のアコースティックは、バーカウンターの中にステージがあるという不思議な空間です。
演奏してると、お店の裏側が丸見えなんですよね。変な感じ。
ゆっくりお酒のんで、楽しんでください。

さて、その翌日ですが、TAKEIVYではないですが、面白いライブです。お時間があったら、是非お願いします。

■6月3日(土) 北大際JAZZ研ステージ
北海道大学のジャズ研で、なんと低音楽器ばかりのバンドで出演します。
ウッドベースが十数本も並ぶ姿は、その見た目だけでも圧巻です。
さらに、エレキベース、チューバ、バリトンサックスと低音楽器による音楽の世界をお楽しみください。
時間:15時25分?
場所:北海道大学 高等教育機能開発総合センター内
料金:わかんないですが、多分、安いです。

しばらく、PCに触るのがおっくうで、更新サボっておりました。 )
この前の、木曜、ニュピで嵯峨さんのライブ。馬頭琴の音色と喉歌の不思議な声に感動しました。
鳥肌もののライブでした。ありがとう嵯峨さん、ニュピ!!

馬頭琴。ウマの毛の弓で、ウマの毛の弦をこすって音を出すモンゴルの弦楽器です。
ライブの中で、馬頭琴の誕生についてのお話にとっても深い感動を受けました。

殺されてしまった、黒い馬。その馬の毛や骨を使って、作られたのが馬頭琴。
楽器を作った、フフーナムジルは、かわいそうな馬のことを想い、美しい音色を奏でるのです。

今、コントラバス奏者、斉藤徹さんのブログを読んで、気になって買った本、「音楽への憎しみ」を読んでいます。
音楽と人の血塗られた歴史。闇と死と生贄と、音楽の関わりについて。そんな本です。
なかなか表現が難しくて、読み進まないのですが、音楽に関わる人にはかなり深く考えさせる内容です。

その本の内容も相まって、殺されてしまった馬の体を使って楽器が誕生したという話には、深い悲しみと愛とを感じたのでした。

コントラバスの弦は、もともと羊の腸の筋を使っています。最近では、スチールや化学繊維が多いのですが、今、私の楽器に張っているのは本物の羊の腸から作ったものです。
当然、生きている動物を殺してその弦は作られているのです。
楽器本体だって、生きている木を切り倒して作られているのです。
生きていたものだからこそ、奏でることができる音色があるのだと思います。
金属や化学的に合成されたものや、コンピュータでは決して出すことができない音色。

自分がなぜ、この面倒で、大きな、そして素晴らしい楽器へと興味を持ったのかを考えると、どうもそこのところに原因があるのかもしれないと思いました。

この1本の楽器だけでなく、コントラバスというもの、弦楽器というものが歴史上形作られてきた過程で、どれだけの生贄が必要だったのでしょうか。

楽器を奏でる者は、その楽器が誕生してきた過程で生贄になってきたモノへの深い愛と、慰めの想いを胸に、そして、そのモノたちへの誠意をもって、演奏に臨まなければならないのだと心に誓ったのでした。

フフーナムジルがそうしたように。

ゴールデンウィークの3日から5日、TAKEIVYではないのですが、JAZZのセッションメンバーで稚内と留萌にツアーに行ってきました。
メンバーは、ボスコとかでもよく一緒にやっている、Pf中川文美さん、Dr益子淳平くん、そして、Voは門馬ちえさんでした。

稚内は、BBMusicClubというお店。
ここは、ブルースな感じのアメリカンな雰囲気のお店。マスターは、ダンディなギタリストです。ライブ前に、なんとも美味しい魚介類をご馳走していただき、満腹状態での演奏。みなさん、あったかい雰囲気で盛り上がってくれまして、そしてそして、TAKEIVYのライブじゃないのに、TAKEIVYのCDを買っていただいて、すっごくうれしかったです。
そして、終了後は、またまた、違うお店で魚介類をご馳走になり、さらに夜中にマスターを加えてのジャムセッションで盛り上がり、初日から濃い夜をすごしたのでした。

2日目は寒い寒い稚内から留萌に移動。少し暖かい日差しの中、到着したのはニューポートという衣料品店。
ここの社長の谷口さんは、以前に夏祭りのイベントでTAKEIVYでもお世話になっています。
JAZZが大好きなので、あのニューポートジャズフェスティバルから名前をとったとか。
その服屋さんの裏手がなんとライブハウスになっていまして、そこには、なんとなんとサイラスチェスナットやら、ロイハーグローブやら、渡辺香津美さんやら、もう世界の超一流ミュージシャンが出演しているというから驚きです。壁にはたくさんのサインがありました。
そんな由緒正しきホールでのライブ。
いい感じでお酒も入り、掛け声も飛び交い、盛り上がっておりました。
終了後は、その場で打ち上げ。みなさん、昨年のTAKEIVYでお邪魔したときの私の演奏を覚えてくれていてうれしかったです。
また、TAKEIVYも呼んでくれるとのこと!
楽しみです。

最終日、FMもえるにお世話になっている上條KENさんが来ているので、挨拶に行くと、なんと突然に番組にも出していただいてしまいました。
いつもいつもありがとうございます。上條さん。
なんでも、FMもえるでは、6月3日に24時間ラジオをやるようです。コミュニティFMなのに、ここまでできるのは、やっぱり上條さんのような方がいるからでしょうね。
留萌は、盛り上がってます!!

と、こんな遠征をしてきた3日間でした。楽しかったです。帰ってきてから疲れてぐったりだったんですけどね。
次は、TAKEIVYで全国ツアーでもしたいですね。

昨日ですかね。MSNのTOPページに脳をもっと活性化しようみたいな話題が出ていました。
なんでも、現代人は左脳ばかりを使って、右脳を使う機会が少ないので、右脳をもっと使って活性化するといいよ。っていう内容でした。

今日、夕方、いつものように自転車に乗って帰宅途中。音楽はキースジャレットを聴いていました。今日は、夕焼けがとてもきれいで、空気も冷たくきれいに澄んでいました。
で、ふっと、感覚が開ける瞬間があったんです。それはまるで21mmの広角レンズで撮った写真のように視野がぐっと広くなり、目の前の光景が強く脳の中に印象として刻まれてきて、耳から聞こえる音楽も、まるで周囲の空気が自分の体に染み込んでくるように入ってきて、同じように印象として刻まれてくるんです。
少ししてから思考が戻ってきて思いました。
あぁ、きっと今のが右脳側に意識が集中してたんだなぁ。
そうなんです。さっきは、言語的理論的な思考は全く動いてなかったんです。頭の中に言葉が空っぽになるというか。全ての時系列感覚が曖昧になって、断片的印象が次々と入ってくるというか。
そういえば、前に見たデビットリンチ監督の「マルホランドドライブ」って映画は、この感覚を見事に映像にしていたなぁ。
こういう感覚の時って、すごく気持いいし、好きな時間です。
でも、そればかりじゃ昼間のオフィスワークに支障があるんですけどね。

左脳的理屈で考えていると、仕事は進むのですが、気分が滅入ってきたり、体がこわばって力んでいたりするので、ずっとそういう状態を続けていると疲れちゃいます。
だから、それをリセットする意味で、右脳へのスイッチングは大事だなと思いました。

キースジャレットの音楽は、自分の意識を右脳側へ導いてくれる働きがあるのでは?と思いました。
自分が思ういい音楽の定義って、もしかしたら、この作用があるかどうかなのではないかな。
例えば、大好きなファンクやソウルミュージック、そして、ジャズでもクラシックでも、いい音楽は理屈を忘れてしまう。でも、あんまり面白くない音楽だと、この演奏テクニックは・・・とか、この音使いは・・・なんて理屈を考えてしまう。

今日、ふと思った一つの仮定でありました。

5月5日は、ボスコでパーティです!!
美味しい餃子もあるらしいです。
みなさん、遊びに来てね。